ねこ先生の連載ももう10回目です。今日は、ADSLのお話。連載が終わる頃には一冊の本にできるだけのボリュームになりそうなきがします。

最後に私からバレンタインプレゼント企画のお知らせもあります。ではでは、お読みください(*´∇`*)

(1)インターネット以前の通信事情をごく簡単に

ねこ先生プロフ

〜序文
1)携帯電話が普及するまでの電話事情
2)携帯電話の普及
3)パソコン通信 
4)パソコン通信とインターネットの文化の違い
5)パソコン通信についてもう少し
6)日本でのインターネットの黎明期におけるNTTと「通信自由化」という「嘘」
7)日本のインターネットの黎明期のお話をいくつか 
8)通信速度、ファイルサイズや容量にまつわる話
9)インターネット・プロバイダー
10)インターネット初期のユーザー(特にMacユーザー)が、どんな苦労をしていたのか 

ユコびんでも分かるインターネットと通信の歴史、これまでのエントリを読んでいない方は、こちらからどうぞ。
《ユコびんでもわかるインターネットと通信の歴史①》電話とインターネット
《ユコびんでもわかるインターネットと通信の歴史②》電話とインターネット / パソコン通信 〜ねこ先生連載
《ユコびんでもわかるインターネットと通信の歴史③》パソコン通信とインターネットの文化の違い
《ユコびんでもわかるインターネットと通信の歴史④》パソコン通信についてもう少し
《ユコびんでもわかるインターネットと通信の歴史⑤》日本でのインターネットの黎明期におけるNTTと「通信自由化」という「嘘」
《ユコびんでもわかるインターネットと通信の歴史⑥》日本のインターネットの黎明期のお話をいくつか
通信速度、ファイルサイズや容量にまつわる話〜ねこ先生連載《ユコびんでもわかるインターネットと通信の歴史⑦》
インターネット・プロバイダーというもの 〜ねこ先生連載《ユコびんでもわかるインターネットと通信の歴史⑧》
インターネット初期のユーザー(特にMacユーザー)が、どんな苦労をしていたのか 〜ねこ先生連載《ユコびんでもわかるインターネットと通信の歴史⑨》

11) ブロードバンド狂想曲(1)NTTの策略にはまった私・・・

 ここからしばらく、政治経済の話が少し出てきます。通信業界やインターネットの事を理解するために、ゆこびんにはできるだけ多角的にものを見る力を付けてほしいからです。その後は、「人との関わり」に話題が動いていきます。

 筆者がIT周辺で仕事をしていたのは、まさにこれからブロードバンドが広がろうか、という時期でした。「ブロードバンド、それ、何?」という時期を過ぎて、具体的なイメージがユーザーにも少しずつ浸透し始めた頃です。ブロードバンドが普及するまでには、さまざまな思惑と予想を超えた通信機器の進歩がありました。

 日本でブロードバンドの契機となったのは、ISDN通信網です。それまでのアナログ方式の通信とは異なり、通信網全てがデジタル化されて、比較的高速の通信ができるという触れ込みのものでした。(技術的な詳しい解説は、ネットにいくらでもありますので、それを参照してください。)

 ISDNは、旧電電公社が開発を進めていた通信方式で、1980年代に実用化されました。郵政省・電電公社(NTT)が将来の通信網をFTTHを中心に考えていたことは述べましたが、ISDNは、従来のアナログ通信網と光通信網の間を埋めるものとして位置づけられていました。ISDNでは、従来のアナログ方式の電話交換器ではI対応できないためにデジタル方式の交換機に替える必要がありましたが、光ファイバーに向けて交換機のデジタル化を進捗させたかった郵政省・NTTとしては、できるだけ早く、できるだけ多くのユーザーを、NTT陣営のISDNに取り込む必要がありました。そのために、あらゆる方法でISDNを普及させようとしたのです。

 NTT陣営がISDNを強力にアピールした理由は、ブロードバンドに向けた技術開発が、1980年代になされた予想を大きく上回るペースで進んだことが背景にあります。あくまで推測に過ぎませんが、郵政省・NTTとしては、アナログ → ISDN → FTTH、という進行をイメージしていて、同じように光ファイバー網を構築しつつある道路系(電力系)、鉄道系の通信会社とともに、日本の通信網を実質的に「護送船団方式で(注)」進歩させようとしていたのだと思います。これは、官財のあうんの呼吸で行われる日本の「お家芸」の方法で、寡占状態を守れるために十分な利益を産み出すことができ、官僚の認可権や天下り先を温存し得る、もっとも「ありがたい」方法なのです。

【注と少し長い背景説明】護送船団方式の本来の意味と実態

 日本の官僚が得意とする「護送船団方式」は、そもそもは軍事輸送の原則からできた言葉です。戦争中に物資や人員を運ぶ輸送船は、大きさや能力にばらつきがあり、巡航速度にも差があるのが普通でした。輸送船を守りながら運行するためには、いちばん足が遅い輸送船の速度に合わせて運行させる必要がありました。転じて、ある業界の複数の会社を守りながら「発展」させるためには、技術力や営業力が劣る会社をスタンダードにしないと、駄目な会社が落ちこぼれてしまいます。そのために、「出過ぎた真似をさせない」ために、官僚組織が主導して(許認可権などをちらつかせたり、利益を保証したりしながら)業界全体をコントロールすることが、日本独特の方式として、産業界に定着してきました。日本では「大企業は潰れない」と長い間信じられて来たのは、こうした背景があります。

 護送船団方式が最も効果を発揮していたのは、金融業界でした。バブルが崩壊するまで、経営状態が悪い金融機関も、あらゆる方法(官僚主導の合併などのあらゆる方法)で「守り」続けたのです。

 安倍政権になってから、法人税の減税、消費税の増税が進みました。実は、法人税の議論は、護送船団方式とも関係があります。「諸外国に比べて日本の法人税は高すぎて、競争を阻害している」という経団連を中心とする「大きな声」が聞こえてきますが、実際には、日本の企業、特に大企業の実効法人税率は、諸外国と比べて高くありません。むしろ、低いという有力説もあります。ひとつには、日本では、営業活動から得た利益にかかる法人税(これが本来の法人税)を計算するための「控除」が、諸外国に比べて実に充実していることがあげられます。そして、会社法がきめ細かく法人を保護しているために、企業の数がとても多いことがもうひとつ。たくさんの会社を守り、表面的に高い税率を課すことによって、利益の大きな大企業が優遇されている実態を隠すことが、これまでの日本の法人税制の「目標」でした。以前は、大企業ほど福利厚生が充実しており、退職金などの引当金も巨額になりました。こうした「利益隠し」を大企業に認めていたので、法人税そのものが比較的高くても、実質的な税負担はそれほどでもないのです。実際に、大企業の実質税負担は28%ほど、という研究結果(10年くらい前だったと思います)もあり、「法人減税」は、外国との不平等を修正するためではなく、護送船団方式が長く続いた日本の企業をさらに「甘やかす」ためのものであることがわかります。護送船団方式が立ちいかなくなった時に「法人減税を下げろ」の大合唱が始まったのは、こうした歴史と背景があるのです。

 護送船団方式に慣れた日本の経済は「黒船」を徹底的に嫌っていました。「みんなで渡れば怖くない」式の発想が染み付いているからです。「脱落者を出さない」ことを目的とした官僚主導の経済にとって、「護送される必要がない」黒船は、言うことを聞かないだけでなく、せっかく護送している足の遅い船を脱落させてしまうことにもつながりかねないからです。

 護送船団方式は、さまざまな条件が重なって徐々に崩れていきます。徹底的な分析を書く余裕はありませんが、大きな要素は2つ。実体経済の成長が止まってしまったことと、さまざまな分野での外圧やグローバル化です。

 歴史をひも解くと、豊臣秀吉が朝鮮半島を侵略しようとした時の最大の動機は、日本型封建制度の核であった「論功行賞」の行き詰まりでした。日本の実体経済が成長をやめてしまった原因はそれほど単純ではありませんが、高度成長期の時代は、企業も労働者も同様に「論功行賞」を受けることが当然であると信じてきた経緯があります。ところが、高度成長期といっても実体的には国内消費の向上(質的にも量的にも)よりも輸出主導型で、海外との軋轢が強くなると、国内生産を思うように伸ばせなくなることは必然でした。

 通信業界(マスコミや放送まで含めて)は、そもそもが極めて閉鎖的なものでした。終戦直後に民主化を目指す動きはあったものの、他の重厚長大産業と同様、先鋭的な組合(読売労組など)は叩き潰され、きわめて「大人しい」集団ができあがりました。通信事業は、電電公社と国際電電に独占させて他の参入を長い間、許しませんでした。

 こうした「国策」が実に恣意的なものであったことは、郵政事業と宅配業者の戦いの歴史を見てみればわかります。現在、ヤマト運輸などが扱っているいわゆる「メール便」は、「信書」に該当しないことを確認することが義務づけられています。ヤマト運輸が実質的な郵便事業に参入しようとした時に、郵政省は「利益を求める株式会社が信書の取り扱いをすることは、通信の秘密を守れるかどうかに不安がある」と答えています。しかしながら、すでに20年ほどまえから、郵便の集配業務は郵政事業の子会社が行っているところが増えていました。郵便ポストの集配をしている赤い軽トラックに「××郵便」という、日本郵便とは違う会社名が書かれたものがあることに気がついている方も多いでしょう。子会社といえども、「利益を追求する株式会社」には違いありません。なぜ「信書」という錦の御旗を掲げて宅配業者の参入を妨害しているかというと、「通信の秘密」云々ではないことが明らかなのです。郵便事業自体が結局民営化されていまう運命にありますから、そもそも「株式会社云々」というのが問題ではないのはおわかりいただけるでしょう。

 こうした日本の政官財の結びつきは、通信事業にも大きな傷跡を残しました。そのひとつが、ISDNにまつわる話なのです。(ここまで補足)

 1990年代初頭までは、近づいてくるブロードバンドの時代を正確に描けている企業はありませんでした。ブロードバンドが普及するために超えなければならないハードルがあまりにたくさんあるように思われていたからです。そのハードルは、技術的なことであったり、投資費用の問題だったり、帯域の問題(無線の場合)だったりします。郵政省やNTTは、NTTが毎年1000億円(東西でそれぞれ)かけて「えっちらおっちら」光ファイバー網を整備していけば、ブロードバンドが一般に普及するまでにはある程度間に合うだろう、と考えていた節があります。これには、2つの誤算がありました。ひとつは、技術的なハードルが予想を超える早さでクリアされて来たことであり、もうひとつは情報のグローバル化の進展が予想を遥かに超えていたことです。

 NTTに操を立てていた多くのユーザーは、NTTの言うことをそのまま聞いていれば、次第に快適な通信環境が整うものだと考えていました。ISDNが「テレホーダイ」付きでPRが始まったとき、それまでのアナログ回線に飽き足らなかったユーザーがこぞって乗り換えました。アナログ交換機からデジタル交換機に経由地を替える必要があったために電話番号が変わってしまうケースも多かったのですが、それでも通信の快適さを求める人は多かったのです。私もそのひとりでした。

 みなさんは、お隣の韓国がADSLで日本より先行していた話を覚えていますか。日本でADSLが始まったのは、ほぼ2000年のことですが、韓国ではすでに多くのユーザーがADSLを利用していました。日本でも盛んに報道されましたから、記憶にある方も多いでしょう。日本では、郵政省・NTT連合によって、ISDN → FTTHの方向性が決まっていましたから、ADSLは目の敵にされていたのです。

 ADSLの最大の不安は、基地局からの距離が遠くなると通信速度が大きく減じられる、という点でした。私は、ADSLのサービスが始まったばかりの頃、NTTにあれこれとたずねたことがあります。仕事でブロードバンドについてあれこれと書いていた頃なので、NTTの対応に付いてもレポートを書きましたので、とてもよく覚えています。ちょうど、東京めたりっくが新宿でADSLのデモンストレーションを始めた翌年のことでした。当初電話に出たオペレーターでは対応できず、「担当のものに代わります」と言われて出て来た担当者との会話です。

ねこ「ADSLにしたいのですが、いくつか質問させてください。電話局から自宅までの距離が長いと通信速度が落ちるそうですが、住所は××です」

NTT「お客様のところだと、2キロを少し超えていますので、通信速度はかなり落ちると思います」

ねこ「直線距離だと局まで1キロ少しなのですが」

NTT「回線は直線距離とは違いますので」

ねこ「それにしても倍もかかるのですか? 即答されましたが、そこに資料があるのでしょうか」

NTT「もちろんです」

ねこ「それでは正確に何キロですか?」

NTT「・・・約2キロです」(ここから少し押し問答。どうやら、正確な資料はないようだった)

ねこ「若干落ちることはわかっいても替えるつもりですが、可能ですか?」

NTT「お客様は現在ISDNをお使いですから、ADSLにする場合、電話番号を変更してこちらの構内工事の費用もかかりますが」

ねこ「それは覚悟しています。費用の問題だけですね」

NTT「いえ。もうひとつ重大な問題があります。お客様の地区は光ファイバーと平行してアナログ回線が敷設されているのですが、光回線とアナログ回線が一緒に敷かれている場合、ADSLの通信が干渉を起こして遅くなったり乱れたりすることがありますので、お勧めできません」

ねこ「それは初耳なのですが、詳しく説明していただけますか?」

 この後、担当者とあれこれと話をしたのですが、回線が具体的にどのくらい併設されているか、干渉を起こしたデータは何に基づいているのかなど、具体的な質問には一切答えず、ただ「そういう報告を受けています」というばかりでした。

 これは、ADSLへの妨害かな、と思い、数人で手分けしてNTTに問い合わせをしてみました。もちろん、事前に下調べをしてあれこれとつついてみたのですが、私と同じようなことを言われたり、他にもあれこれと理由をつけて「やめた方がいいですよ」とばかりに「説明」を受けた人もいました。後日、局ではなくNTT本社の窓口で問い合わせをしたところ、「ADSLに移行したいというお客様には、必要に応じて問題点は指摘しているが、やめたほうがいい、ということは言わないはず」の一点張りでした。

 一連の対応から、NTTがADSLをどのように捉えていたかがよくわかります。NTTには、他にも煮え湯を飲まされているのですが、その話は連載の中であれこと出てきますので、お楽しみに。

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